「なぜこころは病むか」などの著書がたくさんあり、ごく最近では「ヒトとサルの間」という本を出された

精神科医の大先輩、吉田脩二先生とは、大阪で知りあった。

その後、お互いに大阪を経て、偶然同じ土地に住むという奇遇。今日は診察中に突然会いに来てくだ

さった。10年前に大阪で知りあって以来、今日で3回目。

会って握手をした後、わたしを見て「君は年齢不相応の元気さだね」とおっしゃった。

「年齢不詳の若さだね」ならうれしいが、年齢不相応の元気さだね、と言われ複雑だった。

たしかに私が仕事に向かうときのエネルギーは 年をとっても衰えることがない。

たしかに仕事中はとても元気だ。

ところがその元気さは、 仕事をしてない時間の養生に支えられていることを誰も知らない。

 仕事をしていない時間をとても大切にしていて、エネルギーが減らないように気を配っている。

どうしたらエネルギーが減らず、たまっていくかも知っている。

たとえば、ふだん人とはほとんど会わないし、むやみに出かけない。

人を診察する今の仕事を大事にしたいと思ったら、それはやむを得ないことだ。

あちこち遊びまわったり旅行をしている人は元気に見えるが、そんな人も、いつもいつも元気なわけで

はない。

要は、エネルギーをどこに集中するか、どうやって集中するか、何に価値をおくかの問題だ。

元気な人と会うと「元気をもらった」というが、元気な人と会うから元気をもらえるわけではない。

むしろ エネルギーを吸いとられることのほうが多いと思う。

そのとき元気になったように思うのは、自分の中でよどんでいたエネルギーの動きがよくなるからだ。

エネルギーをためること、流れをよくすること、それを価値あることに使うこと。

それをお勧めしたい。

This entry was posted on 金曜日, 5月 23rd, 2008 at 15:48:38 and is filed under メンタル ヘルス. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.

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