11月 16th, 2008

昨日はあんなに楽しかったのに。

今日の疲れって一体、何? っていうほどの疲れ。

ぐったりして丸一日寝こんでしまった。

夫の観察によると。

①ふだんは20秒ほどかけて上る二階への階段を、5秒ほどで駆けあがっていた。

②日記をさがす、といって部屋の中、ひっちゃらかしにしてさわいでいた。

③笑い方やしゃべり方が、大人らしい優雅でのんびりした雰囲気の域を越えてはしゃいでいた。

あれじゃあ疲れるわ、だと。

60才のおばさんが、10才の少女に戻るんだから無理、疲れるのはあたり前だとのたまわった。

みなさん、若いころに戻りたいなんて、思っちゃいけません。

それともわたしがやっぱり特別、神経がこまかいかカラダが弱いのでしょうかね。

でも、こんな私だから 精神科の医師としてはいい線をいくのだと思う。

うつ病や統合失調症の患者さんの回復期のケアやアドバイスに、すご腕を発揮できるのも

自分のこんな経験が元になっていることには間違いがありません。

わたしにはやはり、ちょっぴり精神病の素質があるのでしょうね。

10月 30th, 2008

今年最後の講演が終わりました。

今回の講演は、年季の入った医師たちが聞きに来てくださったので

ちょっと驚きました。

偉いですよ。私のような名もなき医師の講演を聞こうというのは。

研修医の若い先生方がわかるように、と計画たてたのですが、若い医師はどこでも

あまり来てくれません。

心の問題に本当の意味で関心を抱けるようになるのは、実は年とってからなんでしょうか。

わたしなどは若いときのほうが、悩み、迷い、吸収しようとやっきになっていましたがね。

わたしの講演でねむる人はいません。一応笑ってもらおうと、努力するからです。

でも自分ながら下手です。

「ああ、はずかしかった」と帰宅して夫に言ったところ。

「それはふだんの自分で自然体でやれていないからだよ。普段の自分でない ハイ テンションの

自分を出さないと出来ないんだよ。それをさらけ出したことがわかっているから はずかしいのさ」

さすが。よくわかっているな、と思いました。

自分ひとりハイテンションで、まわりは静か。終わったあとは虚しく、はずかしくなる。

先日の 関西医大の教授の講演なんか、ほんとに自然体でしたからね。

まあ、私の場合はこれが仕事じゃないから 無理もないですよ。

 あまりにホッとして「ああ 明日から三連休!」と言ったら「明日はまだ金曜日だよ」と言われてしまいました。

そっかあ。まだ週末じゃないのか。

講演はたしかにプレッシャーだし、上手ではないけど、「心の病と向き合うために」という同じ演題で

これで 6回もしているのですから、もうちょっと自然体で人に伝わるような講演をいつかはしたいものだという

欲もあることもたしかです。

10月 9th, 2008

今日、病棟まわりをした。

入院患者さんの診察だ。

70歳の男性、癌で重症だが睡眠障害の診察だった。その方がお話になれないので、奥さんから話を聞いた。

忙しい時間で回るので、ほんの 10分ほどだった。

診察というには短い時間だった。

その後、その奥さんに廊下で出会った。

突然その奥さんが「先生、いい先生やね。わたしもいつか診てもらいたい」と言われた。

先日も、ある年配の女性を診察した。

2回目に来られたときだった。

「すっかり良くなりました。わたしお医者さんから、あんなに丁寧に挨拶されて、顔をしっかり見つめて

話しされたの、初めてなんです。すごくうれしかった、信用できると思って。

 そしたら症状がうそのように良くなった」とおっしゃった。

わたしは別に特別優秀な医者ではない。普通だ。

普通の診察を毎日しているだけだ。

だけど、大きな病院に職場を変わって、わたしの中の何かが変化したと思う。

慣れない職場を曜日毎に転々として、毎日たくさんの人を診るようになって苦労しているからだと思う。

すっかり慣れたちいさな病院にあぐらをかいて、一生を過ごさなくてよかった。

大変過ぎて、どうやってやっていこうと悩む日のほうが多いけど、職場を変わったことは正解だった。

以前、公務員の病院から 開業したときも同じことを思った。

公務員の病院に15年もいたら、だんだんあぐらをかいていた。

これからもわたしは、変化する。

どうやったら私らしさを失うことなく成長できるか、について考えながら。

10月 7th, 2008

緒方 拳さんが亡くなったとテレビで見て、涙が出た。

俳優や有名な方が亡くなったとテレビで見て、涙が出たのは初めてだ。

つい先日「帽子」というテレビドラマを夫と見たばかりだった。

その時の演技は、力がぜんぜん入っていないのに存在感があって、

すごくさびしいような温かいような透明な不思議な雰囲気がますます昂じていた。

「死」を意識されていたからかもしれない。

最後に近い主演ドラマを偶然見ることができてしあわせだった。

わたしが一番好きだった俳優さんが亡くなって悲しい。

病気のことは家族以外、誰も知らされていなかったらしい。

「意地をはる」とか「隠す」とかとは無縁の「知らせない」ではなかっただろうか。

わたし自身もこれからの生き方に私なりの「美学」が必要な年齢になってしまったなと思う。

10月 3rd, 2008

せっかくブログがあるので、ちょっと自慢をさせてください。

私の住む家は夫が建てた家です。

それもそのはず。夫は大工・建築士・工務店主 です。

夫の建てる家は、実にシンプルですが、誠実にしっかりと建てているのを知っています。

お客さまから、住んでみるほどに感激します、と お手紙をいただくこともしょっちゅうです。

家は住んでみないとわからないんです。

さて、今年は「さすがだなあ」と思うことがありました。

このあたりは標高1000メートル前後なので、みなさんどのおうちも、もう暖房をしています。

外の最低気温は2度になる夜もあります。

わが家は特に 標高1350メートルもあるので、外は本当に寒いのですが、まだ暖房をしていません。

その話をしたら職場の人に、あまりに驚かれてしまったのでこの家のすごさに気づいたってわけです。

暖房をまったくしていないのに、常時 17度あります。不思議でしょう。

そのヒミツは、夫特有の工法です。外断熱と内断熱を組みあわせ、地下に蓄熱層があります。

だから夏の熱が蓄熱されて冬まであり、冬の冷気が夏まであるのです。

夏ももちろん冷房なしは言うまでもありません。

 夫はあまり営業向きの性格ではないのと、話を聞くのが下手なので 訪れたお客さまにわかって

いただけることが少なく、残念です。

わたしが営業にまわったら、どんなに商売繁盛するだろうと思うのですが、仕方ありません。

〇千万という高いお金を支払い、まだいくらかローンまで残っているわが家なので、後悔したこともありましたが、

最近の経済動向やお金の値打ちが下がる一方の情勢を考えると、2年前 思いきって建てたことは

良い決断だったと思う今日このごろです。

外に出かけたがりの夫なのですが、「こんなに高額で、こんなに素敵な家を作ったんだから、これを使って

人生を楽しもうよ」というのが わたしの考え。

夫もちょっとづつ わたしに感化されてきています。

これから長い冬が始まります。どんな風に過ごしましょうか。

9月 28th, 2008

久しぶりで、いろんな方のブログを芋づる式に見ていきました。

いやいや! すごい!!

 女性のブログの中に、写真の撮り方や文章のまとめ方など、センスあるっ、普通の才能じゃないっ、と感じるものが

あります。

これ、私の説ですが・・・・・・・・

男性ではその才能を開花した人がたくさんいます。

でも女性は、家庭に埋もれてしまって、本来の才能を開花するチャンスに恵まれなかった人がいると思うのです。

そういう専業主婦だった方が、ブログをやることによって本来の才能を開花させているんじゃないかと思う。

キャリア女性より、専業主婦の中にそういう方がぜったい多いはず。

人間を診る医師や看護師などの仕事も、教育ではなかなか変われない。

やっぱり本来の才能によることが多いとつくづく感じています。

ブログなどの美的センスも、本来の才能によるところが多いんだろうなと思う。

人間をみるセンスと、美的センスは本来違うものだから、なかなかひとりの人間の中で同居しない。

女性の才能の中には。

1、人間の気持ちを汲み取るセンス。

2、美的センス。

3、社交のセンス。

4、家事を手早くやり、家庭を整えるセンス。

5、ドンとかまえて揺らがない能力。

 などいろいろあるものだ。

ところでこれもわたしの説ですが。。。。。。

自分の長所は自分では見えない。見えるのは欠点ばかり。

なぜなら、欠点では苦労するから見えるの。

長所は自分にとってあまりにもあたり前過ぎて、自分では見えないもの。

わたしも自分の長所は自分では見えないしわからない。

自分が「長所だ」って思っているものは残念ながら、長所じゃないのよ。

ほんと、自分の顔が見えないように、あたり前すぎて見えないんだから。

たくさんの華やかなブログを見て、そんなことを考えました。

9月 20th, 2008

半年がかりで、夜と休日をつぶして準備してきた講演が終わった。

半年もかけて、たった一時間だなんて馬鹿みたいだけど、本当にむづかしかった。

参加した方のアンケートを見ていたら、「すごく良かった」が3.5割、「まあまあ良かった」が3.5割

「普通」が2.5割。くらいだったかな。

「今年あった講演の中で一番良かった。また続きをやってほしい」とわざわざ言いに来た方もいた。

でもアンケートの中で一枚だけ「話にミャクラクがなく、ちっともおもしろくなかった」という人がいた。

夫に話していたら、「ちっとも面白くなかったと書いた人は、すごく頭の良い人か、すごく馬鹿な人だよ。

すごく頭のいい人だと思ったいたほうが正しいかも」と言う。

また「だいたいは、良かったと無難なことを言うのが、常識だよ」と言う。

わたしもそう思う。わたしは、決して講演が得意なほうじゃない。

話にミャクラクはなかったし、説得力もなかった。でも 自分では他人の評価とは別にとにかくよくがんばった

ことだけは認める。

「こころ」などという つかみどころのないことを話すのは、本当にむづかしい。自分が一番知っている。

          ☆       ☆       ☆

宿題のなくなった休日は、本当に楽しくて楽しくて、宿題があるというだけで どれだけプレッシャーが

あったことか、あらためて感じる。

ただ家事をするだけだったのに、心から楽しい一日だった。

プレッシャーがなく、したいことだけしている人の人生って、やっぱり気楽で楽しいのかなあ。

でも 10月の中旬までに、原稿をひとつ頼まれている。

10月の終わりにも、ひとつ講演がある。

もうちょっと気楽に過ごしたい気持ちは正直あるが、頼まれているうちが花かも、と思うので

機会をいただいたら ことわらない。

苦しむことはたしかだけど、かならず何か得ることがある、それがうれしいのかもしれない。

完璧に自己満足の世界だ。

しばらく休んだら、またやるしかないか。

9月 17th, 2008

私は声も大きく、大股で歩き、おおざっぱで、元気。

しっかり者で、負けず嫌いで男まさりな性格だ。と、自分でも思う。

わたしを可愛いという人は、まあいないだろうな。いたら気味悪いし。

 でも一方で、とても優しい一面があって、この面は、知る人ぞ知る。

人に知られていない、ものすごく隠れた一面だ。

私の優しさに気づいてくれる人は、多分、気づいた人自身が

同じ優しさを持っているから気づくのだということをよくよく知っている。

だから、私を優しいと知っていてくれる人を大事にして、そんな人としか

しかつきあわないと決めている。そう決めてしまえば生きていくのがとても楽になる。

そして、もうひとつ。

わたしが相当のマヌケだということは、これは夫しか知らない。

今日、仕事に出てきたら、夫から電話。自分のカギ束を知らないかという。

あわててバッグを見てみると、夫のカギ束で運転をしてきて、自分にバッグにしまっている。

玄関に置いてあった夫の鍵束をつかんでしまったらしい。

鍵束なんて、ついているホルダーもカギ数も違う。

気がつかないなんておかしい。でもこんなことはしゅっちゅうだ。

夫は相当困ったらしい。

こんなこともあった。

ある日、私は履いている靴がちょっと大きい気がした。

夫に「最近 わたし痩せたみたいなの。靴が大きく感じるわ」

その靴を3日も履いてから、わたしが痩せたんじゃなく、履いている靴が

夫の靴だと気づいたのだった。

23.5 と 25.5 大きさも違う、靴も違う(メーカーが同じで似てたんです)

でもわたしってそんな人なのだ。

一番危なかったのは、ロフトにかけるはしごをフックかけないで

ただかけただけで、上っていったとき。

はしごの頂上部分に足をかけた途端、ダーンとはしごともども落ちて、わたしは気絶するほど

胸を打って倒れた。

はしごに欠陥があったのかなあって夫が心配してくれたが、

フックかけないで登ったということは、言えないままだった。

夫が作ったはしごだったから、夫はとても恐縮していた。

はしごって 斜めに架けるだけで 落ちないのかと思っていた。

この時は命びろいをした。

まあ、そんなこんなで、自分でも 自分を信用できないまま生きている。

そうそう、高速道路を逆走したこと。

実は・・・・・・・・・・・・・ある。逆走まではいかないけれども。。。似たようなこと。

幸い、患者さんの薬を間違えたり、仕事でミスをしたことはない。

仕事では周囲からも二重三重にガードされているしね。

私にとって仕事とは、最初で最後の砦かもしれない。

仕事をやめた途端、ボケた、ということのないようにしなければいけない。

9月 14th, 2008

妹が、今夜、激しく雨の降る中、新しい住まいに旅立って行った。

来たときと同じ、たったひとりで、猫のレオ君を連れて。

妹は泣き顔だった。

わたしたちは、妹に幸あれと笑顔で送り出した。

悲しみは不幸じゃない。

辛さも不幸じゃない。

離婚も不幸じゃないし、貧乏も不幸じゃない。

淋しさや孤独は不幸じゃないし、病気も不幸じゃない。

別れは悲しいけど、不幸じゃないし、リストラだって不幸じゃない。

この4ケ月、笑ってばかりいた。

美味しいといって笑い、レオ君がかわいいといって笑い、女ふたりで夫をいじめて笑い、

わたしが抜けてる、と言ってみんなで笑い、した。

すべてを失って戻ってきた妹を囲んで、笑ってばかりいた。

「気がすむまでいたらいい。でも おとなになったら 誰でも自立しなければいけないんだ」

その言葉を合言葉に、自然の成り行きで、すべてが進行していった。

人間は本当に愛され満足するとポロリと葉が落ちるように、自立できるのだ。

わが家に来たとき、妹の持ち金は一万円を切っていた、それが全財産だった、本当に。

住まいも仕事も失い、バゲットに レオを入れて、たったひとりでやって来た。

そしていまどき珍しく「つき離す主義」のわたしたち夫婦は 一円も貸さなかった。

これからの妹の人生はきびしいと思うけど、でも とてもすがすがしい。

わたしたち3人は、何物にも変えがたい出会いと別れを経験したと思う。

同じ釜の飯を食べるという経験は、すごいことだと今、思っている。

9月 9th, 2008

9月10月と、勤務先の病院で、講演をする予定です。

自分なりにメッセージを込めて話しをしたいと思い、まず 言いたいことを ブログに書く

ことにしました。

この一ケ月、日課のプールもお休み、毎晩少しづつ書いていました。

でもなんだか疲れちゃったので、中休みします。

まとまったエッセイができたら、勤務先の Mドクターが新聞社に紹介してくださるというのですが、

そんなまとまったエッセイにするのは、先の先の先です。

毎日の仕事と家事だけで 精一杯の私は、それなりのブログや 原稿を書こうと思うと、家事をしていても

「早く終えて、パソコンに向かわなくては!」と思うので いらいらしてしまいます。

好きな料理も、重荷になってしまい、生活が楽しくなくなってしまいます。

かといって、人に伝えたいことが一杯ある私は、家事と仕事だけで終わる一日も、もの足りなくなるんです。

むつかしいところですね。

医師であり、作家でもあるM先生は、メモをしておくと奥さんがパソコンに入力したり整理したりして

くださるそうです。

「まだ原稿が出来ないの?」と M先生から不思議がられるんだけど、家事は何ひとつしなくてもいい男性と、

女性では 空き時間は4倍くらい 違うのじゃないかなあと思います。

でも、そんな言い訳はできないくらい、男性と女性は体等だということになっているし、いろいろ便利になって

いますからね。

わたしに能力がないだけなんだとは思うけど、ちょっとはがゆいですね。

自分の能力の範囲内で生きるのならたやすいですが、能力をちょっとだけ上回ることをしようと思うと

やっぱり大変な努力が必要なようです。

「ゆらゆら」という映画かドラマがありますが、立派に生きるのではなく、こうやって ゆらゆらと揺れながら

生きることこそ大事なんだと、そんなメッセージを込めた講演にしたいと思っているところです。