3月 2nd, 2008

わたしの夢は、あまり大きな声で人に言えない。
夫は知っているけれど、人には言わないで、と口止めしているし、夫からも口止めされている。
住んでいる地域をよくしようと一緒にがんばっている周囲の人たちに漏れたら大変。
抜け駆けしちゃうことになるから。

でも、このブログでは わたしは特定されていないし、ユーモアもある方たちが
読んでくださっていると思うので 言ってしまいます。

小さな声でいいます。わたしの夢は「老人ホームに入ること」
夫からはあきれられています。
理由は「自分以外の人が作った料理を食べて暮らしたい」その一念で。

昨日のコラムと反対のことを言うようですが、わたしは一生、妻の手料理を食べれる
男の人というものをうらやましく思うことがあります。

何不自由なく暮らしていたわたしが、下宿生活に入った18歳のとき、唖然としたんです。
そうか、女性って一生涯、自分で作らないと誰も食べさせてくれないんだ。
すごく唖然とした覚えがあります。

女性は結婚して誰かの食事を作っていくことが定め、と思っていた方たちにとっては
理解に苦しむような感慨かもしれません。

でもわたしは、すごく唖然としたことを今でもよく覚えています。

いつか誰かの手料理を食べて暮らして行きたい。それがささやかな夢。

ヘンですか?

 結婚するなら料理の出来る人がいいな、わたしの夫は、カレーライス、肉じゃが、野菜炒めなど
手際よく作ってくれます。がしょせんは「料理派」じゃなく「掃除派」だったんですよねぇ・・・・・

あ、でも知ってますか?

こましな食べ物を出してくれる老人ホームってとても高額だってことを。年金も退職金もない
わが家の経済状況では、ぜったいといっていいほど入居できないことを。

 今日のコラムは「現実」で味付けしたユーモアを解してくださる方に届けます。

せっせと今日も料理を作ります。

今日のコラムは聞かなかったことにしてください。

お昼は手製ソースで焼きそばを作りました。↓

蒸しそばは炒める前に電子レンジ2分が コツ ですよ。

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3月 1st, 2008

職場の昼休みに、新聞から切り抜きをして手帳にはっていたら看護婦さんが「何しているの」と聞いた。

「美味しそうな料理が載ってたから切り抜いたの」と話すとその看護婦さんが目をむいて

「先生、料理するんですかぁ」と言う。

「先生は料理するようにはぜったい見えない。仕事から帰ったら、さあ!原稿書きだぁ、って感じで

机に向かっているように見える」という。

別の看護婦さんたちもみな口々に「料理やってるようには見えない」と言う。

7年も一緒に働いているのに、皆さんなんて見る目ないんだぁ。

料理は特別うまいほうではないと思う。が、好き。

若いころからずっと毎日手を抜かずに作り続けているし、デジカメで撮った写真で

料理日誌を毎日つけている。楽しいから。

などしゃべっていたらみな目をまん丸にしてあまりにも驚くので、おかしかった。

「そもそもさあ、食べてくれる人を確保するために結婚したんだもん。ひとり暮らしのときは、全然やる気

おきなくて。ろくなもの食ってなかったのよ。それでね、これではアカン。誰かわたしの料理を食べてくれる

人を探さなアカン、そう思って探したのが夫よ」そう言うとみんな大笑いしている。

でね、毎日毎日「ああ 腹減ったぁ」というのが口癖の人だから助かってるの。

そう言うと、そこにいた全員の看護婦さんたちが「そう、そう、そう。腹減ったぁ、って言われると

俄然料理しなくっちゃあって思うよね。わたしたちの料理の原動力って 「腹へったぁ」の声だよね。

久しぶりで皆で笑ったこと笑ったこと!

料理談義はまだまだ続いた。

料理が苦手、何作っていいか毎日悩む、という人から、冷蔵庫の中を見て、チャチャチャと作るのが得意という人まで。

つぎはわたしの持論である。

料理を作るために必要な能力は、家事の中でも上級に属する。

想像力、段取りや手際の良さ、一度に3つ4つのことを同時にやる能力はかなりのもの。

特に、冷蔵庫の中の物でいくつかの料理が作れる人は、かなり上級主婦だ。

家事の中でも 料理に使う脳と、掃除や整理、洗濯に使う脳では場所が違う。

だから両方得意ということが少なく、主婦はだいたい「料理派」と「掃除派」に分かれる。

料理が得意な人の家は、けっこう家の中がガチャガチャしていることが多いし、

家が見事にすっきり片ついている人は、案外新しい料理につぎつぎチャレンジということが少ない。

料理は想像力や独創性が必要なので ある程度 もって生まれた素質が必要に思う。

手際よく美味しい料理をずーっと作り続けているかぎり ぼけない。

あるいは、ぼけにくい脳力と料理が得意な脳力が脳力的に一致するのかもしれない。

と、たくさんのお年よりを診たわたしの経験論である。

わたしが すごく得意というわけではない料理にとても熱心になっているのは、そういう理由。

料理を作るという行為は、こころをかけなければいけない。頭も使わなければいけない。

磨けば磨くほど、こころの力も脳の力も伸びる大切な行為だと思う。

わたしの料理日誌 ↓

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