高原に住んでいると、お天気が良い、というだけでもう心うきうき。
庭に出たり、散歩したり、になたぼっこしたり。ああ しあわせ。
でも高原の雨の日。
なあんにもない、デパートもないし、ショッピングもないし、ランチもねえ・・・・・
だから 本当に心が豊かで満たされていないと、ゆううつで不幸・・・・・・な一日になってしまう。
高原の雨の日曜日のこころは、こころの豊かさをはかる ものさし。
用事に惑わされずに、満たされた静かな一日を過ごしてみよう。
高原に住んでいると、お天気が良い、というだけでもう心うきうき。
庭に出たり、散歩したり、になたぼっこしたり。ああ しあわせ。
でも高原の雨の日。
なあんにもない、デパートもないし、ショッピングもないし、ランチもねえ・・・・・
だから 本当に心が豊かで満たされていないと、ゆううつで不幸・・・・・・な一日になってしまう。
高原の雨の日曜日のこころは、こころの豊かさをはかる ものさし。
用事に惑わされずに、満たされた静かな一日を過ごしてみよう。
わたしたちは実はまだ新婚です。仲の良い夫婦です。
その間に 夫の妹がはいりこんでくるなんて、と 最初は思いました。
でも どんなに仲の良い夫婦でも、毎日 相手の目を見つめあって暮らしているわけではありません。
手を携えてはいますが、見ている方向は 相手の目じゃなくて 前方です。
夫にも夢がある、やりたいことがある。わたしにも夢がある、やりたいことがある。
結婚生活は目的ではなくて 手段なんです、お互いの人生をより充実させるための。
だから、結婚生活って 愛情生活というより共同生活。誰がそこに入りこんでも
お互いが精神的に自立しているかぎり、邪魔にならないばかりか より楽しくなるはず。
親から自立できない息子や娘が アパート代を払うのがもったいなくて あるいは食事つくりが面倒で
パラサイトしているのとは 根本的に違います。
すでに 子供を育てあげた私たちの生きる方法は これから たくさん選択肢が出てくると思う。
一ケ月前には 夢にさえ想像しなかった おとな三人の実験的共同生活は 今 始まったばかりです。
どんなに仕事が忙しくても 美味しい料理の食べたい私は わたしと妹と夫で 協力しながら素敵な暮らしを
作っていくと思います。夫婦ふたりも静かでいいけど 多いのも刺激があって楽しい。
もっとも実験だから 失敗したら 解散するわ。
昔からずっと思っていました。健康で働きざかりの人の給料が安過ぎます。
94歳で亡くなった父は、普通の公務員でしたが、年給はなんと月29万円いただいていました。
34年間にいただいた年金は 億単位ですよ。不公平すぎません?
今、公務員だったり大きな会社に勤めていたたくさんのお年よりが、今月20万円以上の年金をいただいているのでは
ないでしょうか。
一方、大学を出たばかりの人の初任給が20万にならないところが大半です。現役の人の給料が安過ぎる。
大きな会社に勤めていた方が亡くなって、その奥さんにいく遺族年金が、身を粉にして働くおばさんたちの賃金より
高いってことは ざらにあると思います。
今の制度は 同じ会社に長く勤めた会社員とその妻が有利なように作られている制度です。
給料の高い医者の私は職場を変わったり、開業したりしているので、今年金をいただくと 月10万円なんです。
うそではありません。
何よりおかしいのは、夫が亡くなったら妻に遺族年金がいきますが、妻が亡くなった場合、夫には遺族年金が
いきません。今私が亡くなっても 月5万ほどの遺族年金さえ 夫は受けとれないのです。
男性は会社に勤めなさい、女性は奥さんでいなさい、といって作られた制度だからです。
一生働かなくても暮らしていける女性がいる一方で、私の妹も私も 働き続けなければ暮らしていけません。
わたしたちの人生設計が悪かったのでしょうか。
高い給料をいただく会社員と結婚しなかった私たちのせいでしょうか。
多分、そうでしょうね。
そうやって生きることのほうが 楽できるなんて 夢にも考えてなんかいなかったから。
だったら、助けあおうじゃないの。
一緒に働いて、一緒に料理をつくりあって、さいわい広いわが家を分けあって、助けあって暮らしていこうじゃないの。
きっと楽しいよ。
それがわたしの提案でした。
姉妹のいなかった私は、再婚した夫に妹がいて、近くに住んでいると知り、うれしくてかなりモーションをかけていました。
一回り以上も年の違う妹はどう思っていたかしらないけど、でもけっこう仲良くしていました。
今回、妹が東京に行くことになり、さびしい思いをしましたが、喜んで送りだしました。
それが、三週間もしないうちに、出戻ってきたんです。
同居してしばらくは疲れました。だけど次第に、「同居ってなんだか楽しいぞ」と思うようになってきたのです。
妹と私は性格が」正反対。
社会的にはしっかり者で現実的でデキパキしているけど、家では「抜けすぎている」わたし。
社会的には本当にたよりなくて、一文なしになり、家も仕事もなくしてきたような妹は 家庭的には
料理も上手で優しくて、その日一日を楽しく暮らす天才です。
同居が楽しいと思い始めながらも、当然ですが同時に仕事や家をさがし始めました。
妹は働き者なので、当然調理師の資格を生かして、仕事ができると思っていましたが、
キャリアは認められず、どこも派遣社員、時給は安く、現実の社会がいかに厳しいか、
本当に思い知らされる毎日でした。
わたしは俄然 腹がたってきました。
男性社会のまっただ中で、仕事と家事を両立して働き続けるわたしと、時給を安くたたかれる妹は、
同じ立場の同志ではないかと思い始めたのです。
わたしは言いました。
あなたを追い出すわけにいかないわ。助けあわない? あなたの苦労と私の苦労はきっと同じものよ。
わが家の庭の鉄線が咲きだしました。
クレマチスもいいけど、昔ながらの鉄線もいいものですね。
鉄線が垣根をおおって咲き乱れている風景は
私の若いころの甘くそして懐かしい思い出の風景です。
子供たちもすっかり成長して大学に行き、ひとり暮らしとなった夫の妹が再婚しました。
家も処分し、すっかりシンプルになって東京へ。
ところが事情があって、再婚に失敗。
帰る家もなく、兄夫婦であるわたしたちが「帰っておいで」といって出戻ってきたのが一ケ月前。
それ以来、中年夫婦であるわたしたちと 妹と猫の暮らしが始まりました。
妹には当然仕事をさがし、さっさと出ていってもらう予定でした。
ところが、キャリアのある調理師である妹でも、仕事がなかなかないんですよ。
あっても、給料が安い。とてもじゃないけど アパートを借りて満足な暮らしのできる給料ではない。
妹の子供たちは、母親が苦労して育てたのでとっても、いい子。ふたりとも母親には一銭の援助も受けずに
東京で学生生活を送っている。母親も子供に負けず自立したいところだけど、中年女性のひとり暮らしはいま、とても大変な時代です。
時給800円とかの世界です。暮らしていけます?
妹が必死で仕事をさがし、面接を受けている様子や、安い住まいを苦労してさがしている様子を見ているうち、わたしの正義心が
ムクムクと頭をもたげ始めてきたのです。
世間にいつもどこかで反抗心を持ち、いつも世間の半歩先を歩いてきた私の今回の心の軌跡についてお話しします。
中年を過ぎてからピアノやフルートを始めたご近所仲間が集まって
食事つきミニコンサートをしました。男性3人、女性2人、観客4人。
グランドピアノや音響装置や美味しい料理のそろったペンションの多い土地柄なので。
こうゆう企画をするときは楽しみがいっぱいです。
庭の花たちも今が最盛期。
楽しい一日が過ごせました。
ディズニーランドにいまだ行ったことのなかった夫から「行こう、行こう」と誘われ続けて8年。
体力に自信がなくて、どうしても生返事しかできなかった私が、突然重い腰を上げた。
いいインストラクターがいたので、ついその気になったのだ。
というのは夫の妹が超ファン。今まで十何回も行っているという。妹は楽しみ上手なんだ。
楽しい話を聞き続けているうち、ついその気になってしまった。
そして私たち夫婦はインストラクター(妹)つきで行くことになった。
私の体はとても ヤワ。朝5時に出発というだけでも恐れをなしていた、が 決行した。
曇り空だったこと、インストラクターがいたこと、一泊二日の無理ない日程にしたこと。
そんなこんなが幸いして、死んでも乗りたくないと思っていたジェットコースターにも乗った。
アトラクションをたくさんこなし(土曜日だというのに人がすごく少なかった)無事元気で帰ってきた。とても楽しかった。
開園の8時半から終園まで12時間歩き通しだったから 3万歩は歩いたかも。
☆ ☆ ☆
3月に焼津へ所用で出かけたあと、無理のない日程なのに からだをこわした。
それ以来、以前にもまして 食事に気をつけ、プールやジム通いも丁寧にやっていた。
ふだんはできるだけ出かけない暮らしをしているが、たまに ドーンと 体をこき使うのは良いことだ。
それによってふだんの暮らしではわからない体力測定ができる。
いわば「他流試合」「「実力テスト」を受けるようなものですね。
今回は「今は健康なんだ」と自信を持てた。
ただし「3日後がアブナイ」という影の声があることもたしかだが。
私は若くして結婚し、若くして4人の子供を産んだので、もう孫が6人もいます。
会えばかわいいなあと思うけど、ふだんは遠く離れているので
あまり会いたいとか声を聞きたいとか思うこともなく、すっかり忘れているくらいのものです。
孫に何かを買ってやったとかもあまりない、あっさりし過ぎのおばあさん。
だいたい孫たちは年格好も同じ、名前も似ているので 誰が誰かこんがらかるくらいです。
私自身はおばあちゃん子で、今でも寝るとき、おばあちゃん!と名前を呼ぶくらい大好きなのにね。
自分の子供は、かわいくてかわいくて、目の中に入れても痛くないと思って育てた覚えがあるので
可愛さでは、自分の子供と孫とではもう 比べものにはならない。
私の娘に「自分の子ってかわいいでしょう」と言ったら「かわいさ半分、責任感半分ね」と言う。
なんて正直な答えなんだ。
そうか、そうだったんだ。かわいいかわいいと思って育てていたけど、責任があったからかわいくもあったんだ。
なんでもそうね。
仕事だって、責任感が発生すればするほど愛着もわくもの。
優しい お嫁さんからGWの時の写真が手紙つきで送られてきた。
孫は 世間で言うほど 大騒ぎするものでも、かわいいものでもないと豪語する私でも、
やはり 普通にはかわいいよ。
特に、孫と写真を撮ると、老女(私のこと)と幼子は どんな写真でも「絵になるなあ」といつも思う。