8月 13th, 2008

こころの病気とは何か? 

のところで、いまだに自分なりの解答が出ずに苦しんでいる。

パニック障害なんていうのも、こころの病気ということになっているけど

交感神経の緊張が続きすぎたあまり発症する体の反応だ。

精神科で治療はしているんだけど、でも、本当に心の病気なんだろうか。

ストレスが続いたからだと言われたらそれまでだけど、ストレスなんて心身に対して

くるもので、心にだけくるわけじゃない。

反対に、殺人事件なんかをおこした少年、青年なんかは、「これは病気のせいではない」と

言われる。

たしかに病名のつく、精神的疾患はない人がほとんどだと思う。

だけど、両親とさえ、ちゃんとした会話や話しあいができず、気持ちの交流が

できない人、ゲームやパソコンにばかり依存している人が 本当にこころが健康

だろうか。こころが健康なんかじゃあ、ぜったいないと思う。

でも、精神科には来ないし、治療の対象にもならない。

ストレスが体の反応として出たパニック障害がこころの病気で、

簡単に切れて事件をおこしたり、不健康な生活を続けていたり ひきこもったりする人が

こころの病気ではないと言われる。

わたしとしては それって 反対じゃないか と思ってしまう。

でも、きちんと大衆を説得する理論をわたしは持っていない。能力はない。

だから はがゆい。

たとえば、事件を起こした人が、起こす前に精神科に来たとする。

事件を起こしそうでこわい、と真剣に悩んでいたら相談に乗れる。

だけど、親が無理に連れてきても、相談にはならない。

ということは、「自分の問題に気づき、自分の問題を考え、解決していこうとする気持ち」

がある人は、問題や症状があっても健康的だと思う。

悩む能力があるってことは健康的な証拠だと思うが、現代では 悩むのはだめな

ことになっている。悩まず、楽しく、プラス思考で。。。というのが、良い生き方ということに

なっている。

治療するかしないかは、悩んでいるかどうかでなく、精神症状があるかないかだけなんだ。

支離滅裂なことを書いてしまった。

私の書いたことをわかってくれる人は、少ない。知識があり、自我も確立した人でないとわかって

もらえないと思う。

でも、本も講演も、知識のない人に対してわかってほしくてやるわけだから、私が本を

書いたり、講演をする能力は、今のところないと思う。

だからずっとこのところ悩んでいる。

 でもわたしの論理からすると私自身は「自分には力がないからと悩んでいる」ぶん、まだまだ

健康的で救われる可能性があるということになる。

こころの問題は抽象的なので、お気楽に仕事だけしているぶんには、むつかしくないかも

しれないが、こだわりだしたら、何がなんだかわからないむつかしい仕事である。