10月 30th, 2008

今年最後の講演が終わりました。

今回の講演は、年季の入った医師たちが聞きに来てくださったので

ちょっと驚きました。

偉いですよ。私のような名もなき医師の講演を聞こうというのは。

研修医の若い先生方がわかるように、と計画たてたのですが、若い医師はどこでも

あまり来てくれません。

心の問題に本当の意味で関心を抱けるようになるのは、実は年とってからなんでしょうか。

わたしなどは若いときのほうが、悩み、迷い、吸収しようとやっきになっていましたがね。

わたしの講演でねむる人はいません。一応笑ってもらおうと、努力するからです。

でも自分ながら下手です。

「ああ、はずかしかった」と帰宅して夫に言ったところ。

「それはふだんの自分で自然体でやれていないからだよ。普段の自分でない ハイ テンションの

自分を出さないと出来ないんだよ。それをさらけ出したことがわかっているから はずかしいのさ」

さすが。よくわかっているな、と思いました。

自分ひとりハイテンションで、まわりは静か。終わったあとは虚しく、はずかしくなる。

先日の 関西医大の教授の講演なんか、ほんとに自然体でしたからね。

まあ、私の場合はこれが仕事じゃないから 無理もないですよ。

 あまりにホッとして「ああ 明日から三連休!」と言ったら「明日はまだ金曜日だよ」と言われてしまいました。

そっかあ。まだ週末じゃないのか。

講演はたしかにプレッシャーだし、上手ではないけど、「心の病と向き合うために」という同じ演題で

これで 6回もしているのですから、もうちょっと自然体で人に伝わるような講演をいつかはしたいものだという

欲もあることもたしかです。

10月 26th, 2008

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朝から原稿を書いていた。

でも、どうしてもまとまらなくてイライラする。

言いたいことはいっぱいあるのだが、切り口がみつからない。

叫びたくなってしまった。

もう、やめようと思い、妹を誘って喫茶店に出かけた。

葉はもうかなり落ちていて、落ち着いた秋色になっていた。

能力もないのに、講演だ、原稿だ、というのはもういい加減やめようと思っている。

10月 24th, 2008

関西医科大学心療内科学教授・中井吉英先生の講演を聞きに行った。

九州大学池見寅次郎教授の弟子である。

 まずは精神科・神経科・心療内科・神経内科の違いを説明したい。

精神科とは、カラダに異常がない精神的な疾患をみる科である。カラダの診察はまずしない。

神経科イコール精神科である。「精神科」が聞こえが悪いので「神経科」と呼ぶことがある。

神経科を標榜している医師は精神科医である。

これに対し心療内科とは、内科学のひとつである。体に症状が出ている人に対して、カラダの面と心理的な面を切り

離すことなく、両面から診る。だからカラダの診察が主体である。しかし面接も重視する。

神経内科は、脳や脊髄などの疾患をみる純粋の内科医であって、面接は重視しない。

神経内科医は脳神経科とも通ずる純粋身体科医師である。

私は精神科医であるが、クリニックを開いたとき最初は「神経科」つぎに「心療内科」と標榜した。

そのほうが患者さんが来院しやすいと考えたからだ。今から17年も前だ。

しかしその後、開業する精神科医の8割以上が「心療内科」と標榜するようになった。

これは実は良くないことだと中井教授は考えているようである。

精神科と心療内科は似て、非なるものなのに、受けが良いかどうかだけで標榜するのはたしかに

まぎらわしいことだ。中井先生ならずとも最近ちょっと腹だたしい気がしている。

しかし、世の中に精神科医は多いが、心療内科医は少ない。優れた心療内科医はほとんどいない。

だから 本物の心療内科医ってどんな人なのか見たくて、講演に行った。

講演といっても身内の勉強会だったので、講演のあと、個人的に話しをしに行った。

「私は精神科医師なんです。最近、精神の病気ではないのに、身体的な症状の原因がわからないからと

いうことで精神科にまわされてくる人が多いのです。でも私は内科の素養がないので困っています。

内科医もわからない、精神科医もわからない、そんな症状を呈する人に対して、中間の、機能性の障害が

あるような気がしています。ですので、気のせいです、とか 気にしないように、とかだけは言わないように

して、私のわかる範囲で仮説を立てて説明するようにしています」と話した。

中井先生から「そんな風に言う精神科医に初めて出会いました。うれしいです」と握手を求められた。

「それでいいんです。機能性の障害ということもあるので、一緒にさがしましょう」と言ってあげるだけで

患者さんはどれだけ救われることか」と言われた。

できるなら 漢方などの処方も使えるようになったらいいですね、とのこと。

久ぶり目からウロコの一枚落ちた講演会だった。

プロ中のプロってやっぱりカッコいいね。

名刺をいただいたのに、わたしは自分の名刺を作っていないので、かわりに自分の書いた本を渡した。

もうそろそろ、つぎの名刺代わりの本を出したいところだが まったくその気配がないのはさびしい。

 でも反面、遊びまくりたい。

今月30日の今年最後の講演が終わったら、「遊びまくる」か やっぱり「何か書くことにこだわる」か考えようと

思っている。

 仕事もたしかに楽しいのだけど、講演や原稿とかが入ると、気にかかって遊ぶ気持ちになれない。

もう、思いっきり自分を甘やかして、遊びまくりたい気持ちもある。

どっちするか楽しみながら迷いたい。

10月 23rd, 2008

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知り合いのブリーダーさんから、こんなかわいい猫を譲りうける話が持ち上がり、

かわしい写真に釘つけ!

飼う自信がなくて、迷っていますが、ほんと かわいいですね。

「猫」という二文字は、わが人生になかったのに、なんということでしょう。

アメリカンショートヘア、アメシューって言うんですって。

かわっいい!

実際に見ちゃったらだめでしょうね、悩殺されて。だから今のとこ見に行きません。

10月 19th, 2008

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紅葉真っ盛りのこの道は、標高1500m。

そんな山の中腹(低い山なら、山頂でしょうね)に、突然おしゃれな美容室があらわれる。

私の中では「日本7不思議」のひとつにあたるくらい、最初はびっくりした。

登山で通っていた東京の美容師さんご夫婦がすっかり気にいり、

水道も電気も来ていないところに、住まい兼お店を建ててしまったのだ。

今ではまわりに別荘もあって、水道や電気もきている。

シンプルでおしゃれなこのお店の美容師さんは腕も良い。

こんな不便なところなのに、予約をとるのは結構大変。

週5日自分の希望時間で働くのがが理想だったそうで、仕事と住まいを自分スタイルに

できてるところがすごい。

それがすごい、それがうらやましい。

自宅から車で10分。

月に一回、この道を走るのが楽しみだ。

10月 18th, 2008

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紅葉を見に、ミニドライブをしました。

今年の紅葉は、例年に比べていまひとつです。

でも、秋を十分に感じられるさわやかな一日でした。

標高が高いところでは、夏の花ナスタチウムが、まだこんなに美しく咲いていました。

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窓辺のゼラニウムが 外のもみじの紅葉と、ハーモニーをかもしだしています。

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10月 13th, 2008

3連休の3日目の午後、おそるおそる友人との散歩に出た。

疲れたが楽しかった。

壊れていたカメラも、今日はなぜか機嫌が良かった。

こんな深い森、ひとりじゃ怖いでしょう?

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 ダリアの色が美しい。

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 秋はあちこちに赤い実が。

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 これは野菜のムシ除けの花だって。畑のまわりに花を植えるとムシがつかないんだって。

きれいだね。

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10月 13th, 2008

三連休の初日に、図書館へ行った。

ロビーでパン屋さんが店開きしていたので、フランスパンのオープンサンドを昼食に。

そこまでは良かった。2時にまた、メロンパンとあんパンを食べて大満足。

夕食にはおなかが減っていなかったけど、夫に夕食を作って一緒に食べた。

お風呂にゆっくり入り、10時半にはもうベッドへ。ぐっすりねむった。

その何が悪かったのか、その時にはわからなかった。

翌日起きてみると、激しい頭痛と吐き気で起きあがることができなかった。

頭痛と吐き気で七点八倒の苦しみは、なんと丸一日中続いたのだった。

抗がん剤の副作用で苦しいと言われる方もこんな風なんだろうか、と苦しみながら思った。

          ☆       ☆       ☆

2年前に心臓病の薬を服用するようになって、弱い胃がさらに弱くなった。

今回はどうっていうことのない フランスパンが胃に答えたらしい。要するにパンの食べすぎ。

あるいは夕食をやめればよかった。でもその時にはどうもないので気づかない。

こんなことがしばしばあって、ものすごく気をつけているつもりだが、止まらない。

胃を全摘したくらいのつもりで食べていると問題ない。でも そんな手術をやっていないから 

つい忘れてしまうのだ。

36時間も寝ていたら、胃はやっと良くなったが、今度は肩が凝ってきた。

寝ていても肩がこるってどういうこと?って 思ってしまう。

最近、遅ればせながら自分の弱みがわかってきた。

胃が弱いこと。肩から背中、腰の筋肉までが 張っているから 疲れやすいのだということ。

だから 少量の食べ物を よく噛んでゆっくり食べること。運動を続けること。毎日プールに行く。

それを守っていたら、元気でいられる。

健康食品はいらない。その2つで 十分なのだ。それがわかってきた。

今まではどうしてこんなに弱いのだろうと嘆くばかりだったが、最近やっとつきあい方がわかってきた。

自分の弱みを知ると、自分のカラダがいとおしくなる。大切に扱いたくなる。

最近は嘆くことがなくなって、「大切に使ってやるね」と自分のカラダに声かけている。

夜ふかしもパソコンも遠出もしない。つまらない人生と思う人もいるが、明日の活力のほうが大事。

あら!でも考えてみればホント つまらない人生だこと!!

10月 11th, 2008

具合が悪いというと「医者の不養生ですね」とよく言われる。

でも、今や「医者の不養生」なんて言葉は 死語であることを知らない人だ。

不健康な医者なんて、プロ意識を問われてしまう時代である。

というわけで、わたしもお医者さん大好きである。

というよりか、気が小さいので、大事になる前にわかったほうが安心だし。

だからこまめに医者にいくし、ドッグにも行く。

早め早めなら、大事になっていないと思うから。

腰痛の時だって、レントゲンで異常がないか確かめてからでないと、筋トレはしなかった。

とにかく、医者は早め早めに行くにかぎると思っている人である。

自己流で軽く考える人の気が知れない。

  (そのせいで、夫も結婚してから、いくつの病院に行かされたことか! 本人は大変だと言っているけど

  感謝されてもいいのにね)

でも、引越してから新たな歯医者に行くのが怖くて、のばしのばしにしていたら 二年もたってしまった。

友達に先に行ってもらい、優しい歯医者だと確かめた上で、思いきって行ってきた。

歯なんて痛くも痒くもないのに、何か言われるのが怖くて定期健診に行くさえビビルのだ。

どこも悪くないと言われてほっとした。

むし歯より、歯周病のほうがずっと危ないんだって。

一年に一回は来てくださいね、と言われた。

でもきっと半年に一回くらい行くと思う。

お医者さんが大好きだからか、怖がりだからかわからないが、本当にまじめに通院する。

よく患者さんが「忙しくて来れません」とおっしゃる。

わたしみたいに休めなくて忙しい人でさえ、病気にだけは勝てないと思っているからきちんと行くのに、

忙しい、忙しいという人の気が知れない。

健康がなかったら、何もできないのにね。

友人が「顔より髪より歯よね」という。

一生、自分の歯で食べようねと友人と約束している。

みんながこんな意識だったら、国の医療費もどれだけ節約できることだろう。

「自己流はだめ」「早めに行く」「健康は自分の努力で」を ぜひ 習慣にしてみてほしい。

医者も助かる、本当に。

重い病気を診るのはね、本人も大変だろうけど、診る医者も辛いし責任も重いし実は大変なんだよ。

10月 9th, 2008

今日、病棟まわりをした。

入院患者さんの診察だ。

70歳の男性、癌で重症だが睡眠障害の診察だった。その方がお話になれないので、奥さんから話を聞いた。

忙しい時間で回るので、ほんの 10分ほどだった。

診察というには短い時間だった。

その後、その奥さんに廊下で出会った。

突然その奥さんが「先生、いい先生やね。わたしもいつか診てもらいたい」と言われた。

先日も、ある年配の女性を診察した。

2回目に来られたときだった。

「すっかり良くなりました。わたしお医者さんから、あんなに丁寧に挨拶されて、顔をしっかり見つめて

話しされたの、初めてなんです。すごくうれしかった、信用できると思って。

 そしたら症状がうそのように良くなった」とおっしゃった。

わたしは別に特別優秀な医者ではない。普通だ。

普通の診察を毎日しているだけだ。

だけど、大きな病院に職場を変わって、わたしの中の何かが変化したと思う。

慣れない職場を曜日毎に転々として、毎日たくさんの人を診るようになって苦労しているからだと思う。

すっかり慣れたちいさな病院にあぐらをかいて、一生を過ごさなくてよかった。

大変過ぎて、どうやってやっていこうと悩む日のほうが多いけど、職場を変わったことは正解だった。

以前、公務員の病院から 開業したときも同じことを思った。

公務員の病院に15年もいたら、だんだんあぐらをかいていた。

これからもわたしは、変化する。

どうやったら私らしさを失うことなく成長できるか、について考えながら。